交通事故: 2009年5月記事リスト

交通事故での受傷は、たいていの場合は加害者がいます。

そして、加害者には加害者が加入している自動車損害保険会社(損保)がついています。事故患者の治療費は多くの場合、通常の健康保険から支払われるのではなく、加害者側の損保が医療機関に支払うことになっています。

正確に言うと、患者さんは治療を受けた病院窓口での自己負担はなく、治療を行った医療機関が加害者側損保に任意一括請求して、損保側は請求に応じて翌月に医療機関に全額支払うことになります。

加害者側損保会社はできるだけ支払いたくないですから、何やかんやと理由をつけて治療を早く打ち切ろうとします。あるいは治療費を出し渋ることもあります。

損保会社は、しばしば担当医に「病状経過説明」や「治療が必要な理由の詳細な解説」を記載する厄介な書類を送りつけてきます。いつになったら治療が打ち切れるのかを何度も尋ねてきます。

損保会社の調査員が訪ねてきて面会を求められることも多く、これが非常に面倒です。

確かに漫然としたキリの無い治療に陥らないために、損保としても止むを得ないこととは思いますが、ただでさえ医師は診療で忙しいのに面会を求められ、30分以上も時間をとられて根掘り葉掘り尋ねられます。

診療内容を尋ねるだけなら医師としても協力しようかと思いますが、中には失礼な損保担当者もいて、医師の治療内容にあからさまに難癖をつけてくる場合もあります。さらに酷いのになると、主治医を医療費詐欺扱いするとんでもない調査員もいます。

損保側はひたすら支払いたくないのが本音ですから、患者さんだけではなく医者側にもプレッシャーをかけたり、面倒な書類を次々と要求することで、医師に診療を早く打ち切らせようと誘導してくるわけです。

こういう経験を何度すると、医師は、「事故関係の患者さんには関わりたくない」という気持ちが身についてしまいます。外来では冷たく対応して、患者さんに「好かれないように」しようとします。

「事故患者はできれば他の病院に行ってほしい」と思っているからです。

カテゴリ:

なぜ複雑化しやすいのか?

交通事故は、スポーツや転倒での受傷に比べて、症状が複雑で多彩になる場合が多いようです。

交通事故後の患者さんの特徴をまとめてみます。

被害者であることが多い。
怒りや悔しさの感情が伴いやすい。⇒ 自律神経の失調を来たす可能性がある。
リラックスしている所に不意打ちの衝撃を受けた場合が多い。
防御姿勢を取れなかったために体の深部への衝撃が大きくなりやすい。また、恐怖感やフラッシュバックが残りやすい。
医師や周囲の人から症状が理解されないことが多い。
不安感が増長。フラストレーションが溜まる。他者への怒りが募るか、あるいは自分を責めることに繋がりやすい。
加害者側や保険屋さんとのやり取りが非常なストレスとなる。
痛みなどの症状だけでも十分に辛いのに、治療費支払いの打ち切り催促の電話や文書などが頻繁にあるのがプレッシャーとなる。また、症状を加害者側に証明するのに、文書による手続きが非常に面倒である。この作業は挫折する患者さんも多い。
経済的に追い詰められる。
突然の事故で働けなくなる場合もあるが、相手側が無保険だったりすると被害者であってもその場合の経済的保障を十分に受けられない場合もある。金銭的な困窮は非常に強い不安恐怖感情を引き起こし、不眠や鬱を合併することも稀ではない。

このような要因が絡み合うことで、事故で受傷した患者さんは、メンタル的な問題を引き起こしてしまった方も少なくありません。

そのため、診察室での訴えも非常に長く複雑となりがちです。

整形外科の診療範囲を超える場合も......

例えば心療内科などでは話しを聴くのが医師の仕事ですし、治療の一環でもあります。そのため、診療内科では多くは予約制で、患者さんの訴えを聴く時間枠を30分とか1時間とかを確保しています。

それに対して、多くの整形外科外来では患者数が多いので一人の診察時間はどうしても確保できません。

訴えの内容も、メンタル的要素や経済的問題などが主体となれば、整形外科医にとって専門外ですので、多くの場合は適切に対処ができません。

整形外科を受診した場合、確かに症状や背景を医師に伝えることは必要ではありますが、大抵の整形外科の外来診察室は混雑しています。

患者さんが待合室に沢山待っているので、できれば早く診察を終わらせて次の患者さんを入れたいと思っている医師にとって、一人で30分も訴え続ける患者さんはちょっと困るはずです。

(脇で見ている看護師さんは目配せや表情で、「早くその患者さんは終わらせて次に回して!」というサインを送ってきますし!)

メンタル的症状を合併していたり、経済的・社会的問題を抱えて訴えの長い事故患者さんを何度も経験すると、整形外科医師は事故患者さんに対してストレス感情が身についてしまいます。

すると、事故患者さんが再び受診した時に反射的に億劫な感情が出てきます。「また交通事故の患者? 面倒だなー。できれば深入りしたくないな。」という気持ちを抱く医師は多いはずです。

医師の職業上、患者さんに向かって直接はっきりとそのようには言えませんが、自然と冷たく対応してしまうことは有り得ます。

(実をいうと、私自身も10年以上前の勤務医時代、あまりに多忙で精神的余裕もなかった頃ですが、事故後の患者さんに良い態度を取れなかったことがありました。患者さんをきっと不快な気持ちにさせてしまったことでしょう。今では申し訳なく思っています。)

カテゴリ:

交通事故に特有の受傷メカニズム

人対人、あるいは転んで物にぶつかった場合など、血が出たり、表面が腫れたりしますが、衝撃は大部分が体の表層で止まります。

しかし、交通事故で受ける体の衝撃は、日常での転倒やスポーツでの打撲などとは異なる伝わり方をします。 交通事故の場合は、多くは車対車、車対人です。

1.5~2t(トラックでは時に10t以上)もの重量の鉄の塊が、時速数十kmで衝突するのですから、衝撃の質と量が違います。

車が直接体に当たった場合はもちろん大怪我をする可能性が高いのですが、そうではなく、乗車中に軽く追突された場合を考えてみましょう。

よほどの大きなスピードでぶつからない限り、体は硬いものにはぶつかりません。最近の車は頑丈に作られていますし、シートのクッションも随分と弾力性がよくなりました。軽い追突では、車内の人は直後には骨折や裂傷など、すぐに分かる大怪我をすることは稀です。

事故の瞬間は、「突然にドン、あるいは、ズンという重い衝撃が車のシートを通して背中に感じた」という体験をよく聞きます。「直後は何が起きたか分からず、追突事故かどうかも分からなかった」「直後はどこも痛みは感じなかった」という方も多いようです。

しかし、その数時間後から何だか首から背中にかけて、苦しさや鈍痛が出てきて、どんどん痛くなってきた、という例が多いのです。

多くの追突事故被害者の直後の症状を考察すると、事故では普通の打撲や捻挫とは異なるメカニズムが働いていると理解せねばなりません。

画像診断だけでは分からない

後ほど詳しく述べますが、ここで簡単に多くの追突事故による症状発生の仕組みを述べます。

体重の30倍もの物体が衝突した時、乗車中の人への衝撃は体の深部に達します。すると体は背骨や神経・内臓に対する危機を感じます。そしてこれらの中心臓器を守ろうとして反射的に筋肉を固くする反応が起きます。実はこの時点では危機は去っていて、過剰かつ無用な反応なのですが、これが様々な精神的および肉体的ストレスと結びついて、筋肉の過剰収縮が慢性化し、痛みを生じます。

実を言うと、多くの整形外科医師は筋肉の障害の生理学をしっかりと学んでいません。

私の経験では、医学生の時は筋肉の代謝疾患や腫瘍などしか講義にありませんでした。

医師になってからは事故による骨折の直し方などは勉強しますが、事故後の慢性痛の関しては教科書にもほとんど載っていません。先輩医師に尋ねても明快な答えは得られませんでした。

学会などでも事故による筋肉の痛みなどについては関心を集めていないようです。

どうも交通事故後の慢性痛に対する標準的治療法は確立されていないようで、私の場合は、数少ない海外の文献などを読んで独学で学ぶしかありませんでした。

現代の整形外科医は、レントゲンやMRIなどで、骨や神経が「目に見える」変化を発見し、それを手術などで修復することに訓練されています。確かにそのように「形が分かる病気」に対する治療技術は、日々進歩し、成果を挙げています。

ところが、どんなに高性能のMRIやPETを使っても「目に見えない」痛みに対しては、多くの整形外科医は大きな関心を示さない傾向があります。筋肉や神経の質的変化による痛みなどは、画像診断重視の立場では捕らえがたいのです。

交通事故後の痛みの仕組みに対する理解不足の医師が多いのです。病態の理解が乏しければ、当然有効な治療手段も取れないため効果を挙げることも難しくなります。

もちろん、中には痛みに対して深い理解をされている先生もいますが、多くの整形外科医にとって事故後の慢性痛は理解し難く、そのために事故後の患者さんを診療することがフラストレーションになっているはずです。

医師にとって、理解しにくく治し方もよく解らない事故後の患者さんは、たとえ治療費を払ってくれてもあまり来てほしくないと思うはずです。

カテゴリ:

loading ...