院長 平竜三のブログ診察室では伝え切れない、詳しい医療情報を語ります

歓迎されない理由 その②:病態が理解しにくい

  • 2009.05.07

交通事故に特有の受傷メカニズム

人対人、あるいは転んで物にぶつかった場合など、血が出たり、表面が腫れたりしますが、衝撃は大部分が体の表層で止まります。

しかし、交通事故で受ける体の衝撃は、日常での転倒やスポーツでの打撲などとは異なる伝わり方をします。
交通事故の場合は、多くは車対車、車対人です。

1.5~2t(トラックでは時に10t以上)もの重量の鉄の塊が、時速数十kmで衝突するのですから、衝撃の質と量が違います。

車が直接体に当たった場合はもちろん大怪我をする可能性が高いのですが、そうではなく、乗車中に軽く追突された場合を考えてみましょう。

 よほどの大きなスピードでぶつからない限り、体は硬いものにはぶつかりません。最近の車は頑丈に作られていますし、シートのクッションも随分と弾力性がよくなりました。軽い追突では、車内の人は直後には骨折や裂傷など、すぐに分かる大怪我をすることは稀です。

事故の瞬間は、「突然にドン、あるいは、ズンという重い衝撃が車のシートを通して背中に感じた」という体験をよく聞きます。「直後は何が起きたか分からず、追突事故かどうかも分からなかった」「直後はどこも痛みは感じなかった」という方も多いようです。

しかし、その数時間後から何だか首から背中にかけて、苦しさや鈍痛が出てきて、どんどん痛くなってきた、という例が多いのです。

 多くの追突事故被害者の直後の症状を考察すると、事故では普通の打撲や捻挫とは異なるメカニズムが働いていると理解せねばなりません。

画像診断だけでは分からない

後ほど詳しく述べますが、ここで簡単に多くの追突事故による症状発生の仕組みを述べます。

体重の30倍もの物体が衝突した時、乗車中の人への衝撃は体の深部に達します。すると体は背骨や神経・内臓に対する危機を感じます。そしてこれらの中心臓器を守ろうとして反射的に筋肉を固くする反応が起きます。実はこの時点では危機は去っていて、過剰かつ無用な反応なのですが、これが様々な精神的および肉体的ストレスと結びついて、筋肉の過剰収縮が慢性化し、痛みを生じます。

 実を言うと、多くの整形外科医師は筋肉の障害の生理学をしっかりと学んでいません。

私の経験では、医学生の時は筋肉の代謝疾患や腫瘍などしか講義にありませんでした。

医師になってからは事故による骨折の直し方などは勉強しますが、事故後の慢性痛の関しては教科書にもほとんど載っていません。先輩医師に尋ねても明快な答えは得られませんでした。

学会などでも事故による筋肉の痛みなどについては関心を集めていないようです。

どうも交通事故後の慢性痛に対する標準的治療法は確立されていないようで、私の場合は、数少ない海外の文献などを読んで独学で学ぶしかありませんでした。

 現代の整形外科医は、レントゲンやMRIなどで、骨や神経が「目に見える」変化を発見し、それを手術などで修復することに訓練されています。確かにそのように「形が分かる病気」に対する治療技術は、日々進歩し、成果を挙げています。

ところが、どんなに高性能のMRIやPETを使っても「目に見えない」痛みに対しては、多くの整形外科医は大きな関心を示さない傾向があります。筋肉や神経の質的変化による痛みなどは、画像診断重視の立場では捕らえがたいのです。

 交通事故後の痛みの仕組みに対する理解不足の医師が多いのです。病態の理解が乏しければ、当然有効な治療手段も取れないため効果を挙げることも難しくなります。

もちろん、中には痛みに対して深い理解をされている先生もいますが、多くの整形外科医にとって事故後の慢性痛は理解し難く、そのために事故後の患者さんを診療することがフラストレーションになっているはずです。

 医師にとって、理解しにくく治し方もよく解らない事故後の患者さんは、たとえ治療費を払ってくれてもあまり来てほしくないと思うはずです。

PAGE TOP